第2回:生産スケジューリングで製造業を変える
生産スケジューリングとは何か
前回は製造現場の計画立案全般についてお話ししましたが、今回は生産スケジューリングおよび生産スケジューラについて詳しくご紹介します。
前回の記事で紹介したように、多くの計画手法では概(おおむ)ね「今日はこれとこれをやって、明日はあれとあれをやる」というように、ある一定の時間枠(1週間、1日、1時間などのタイムバケット)の中で行うべき仕事を積み上げていきます(負荷山積み計画)。それに対して生産スケジューリングは「何時何分から何時何分の間にこれをやって、その後何時何分まであれをやる」というように、1つのリソース(機械や人など)で同時に実行できる作業の数や量の範囲内で時間軸上に並べていく方法です。生産スケジューリングが有限能力スケジューリングともいわれる所以です。
また負荷山積み計画では、一連のいくつかの作業を便宜的に1つの工程とみなすことが多いようです。1つの工程が1つのタイムバケットの最初から最後までを占めるため、工程を細分化すると全体のリードタイムが極端に長くなり使い物にならないでしょう。それに対して生産スケジューリングでは、基本的には利用するリソースが変わる都度、独立した工程であるとみなします。
図1 負荷山積み計画と生産スケジューリング
各リソース上において異なるロットの作業同士の相互干渉を解決しつつ、連続した時間軸上で各工程の作業時間と時間帯を緻密に(秒単位まで!)計算することで、工程間の無駄な待ち時間を削り落としてリードタイムを短縮すること。これが生産スケジューリングの本質であるといえます。工場内の各リソース上での作業を時間軸上でシミュレーションするわけです。
ところで、場合によっては広義に「生産スケジューリング」という用語が負荷山積み的手法まで含むものとして使われることもありますが、本稿での「生産スケジューリング」はあくまで狭義に時間軸上に作業を並べていく手法だけを指しているものとしてご理解ください。
リソースガントチャート
生産スケジューリングの中心的な表現手段はガントチャートです。
ガントチャートとは、20世紀初期に米国のHenry L. Ganttがプロジェクト進捗管理の手段として考案した視覚化ツールであり、横軸を連続した時間軸とし、作業の開始日時と終了日時を横棒(バー)で表現した図表です。
ガントチャートの縦軸は目的によりさまざまです。多くの場合、縦軸は工程(作業)であり、1つの行には1本のバーが描かれます。一方、生産スケジューリングで主に利用するガントチャートは「リソースガントチャート」と呼ばれるもので、工程ではなく機械や人などのリソースが縦軸となります。工場では1つのリソースを多くのロットが順番に利用していくわけですから、リソースガントチャートの1行には多くのバーが時間軸方向に並んで描画されるのが特徴的です。これにより、有限能力ならではのロット同士の排他的な関係(山積みされないこと)が表現されるのです。
図2 生産スケジューラのリソースガントチャート
「モデリング」と「ルール」が肝
生産スケジューリングにおいて、現実の工場での作業の流れを適切に表現するために、どのようにリソースや工程を表すべきかを決めるプロセスを「モデリング」と呼びます。モデリングとはガントチャート上で最終的にどのような絵が描かれるべきかを考えることである、と捉えることもできます。例えば、人が事前に準備(段取り)しておくだけで製造は自動実行されるということであれば、下図のようにモデリングします。
図3 自動製造のモデリング
モデリングの結果、各ロットの個々の工程のための「作業(operation)」が無数に出来上がります。リソースガントチャートの各リソース上に作業を割り付ける処理が「スケジューリング」というわけです。
無数にある作業をリソースガントチャート上にどのようにどのような順番で並べていくか決めるための手順は「ルール」「ロジック」などと呼ばれます。工場によって事情は異なるので、現場とニーズをしっかり分析して適切にルールを組み立てることが重要です。例えばある工程において作業順序が切り替えコストやスループットを左右するのであれば、単に実行可能なだけでは不十分で、作業の並び順を適正にコントロールしなくてはなりません。従来は計画担当者の頭の中にあったノウハウをルールとして客観化して実行するのです。
具体的なモデリングの方法とルールについては回を改めて紹介しますが、ひとまずここでは、生産スケジューリングの肝は「モデリング」と「ルール(ロジック)」である、とだけ理解していただければ十分でしょう。
それって、やり過ぎではない?
「何時何分何秒まで計算するだって? それはやり過ぎでしょ。そんな計画を立てても、現場で実行できるわけないじゃない!」
直感的にそう思われたとしても仕方ないでしょう。実際、計画と実行は一致しないことを前提として運用するべきです(そのために生産スケジューラには実績情報も入力するのですが、それについては別の回で)。重要なのは、できるだけ計画に沿って作業する努力をすること、そして少なくとも「この計画どおりに作業をすれば、回答した納期どおりに完成させられる」という確信を持てるということです。
目標とすべき計画が存在しなければ製造現場は五里霧中で不安となり、各工程の前に仕掛かり品(中間在庫)の山を積み上げてでも前倒しで作業を進めたくなります。あるいは優先すべき作業を気付かずに後回しにしてしまうかもしれません。
「理想」の近似としての計画があれば、たとえその通りに実行できなかったとしても現状を「理想」からの差異として客観的に把握できます。だからこそ、製造現場は整然と機能するのです。そして計画の精度が高ければ高いほど、現場のレベルも引き上げられることになります。計画と実績の差を縮めるべく頑張ることが明確な目標となるのです。「どうせ実行できないのだから、精度の高い計画は要らない」と言い訳すべきではありません。
計画とはそういうものなのです。
図4 計画のレベルが現場のレベルを制限する
「データの設定が大変でとても使えない!」という声もあるでしょう。もちろん、生産スケジューリングに最高の成果を求めるのであれば、かなり詳細にモデリングし、大量のデータを用意することは避けられません。とはいえ、まずはシンプルなモデリングで限定的に運用し、スキルの向上に伴って次第にデータを詳細化していく、あるいは対象工程を広げるといった進め方をすれば、無理なく導入できるでしょう。
そこそこの運用でもそれなりのメリットは引き出せますが、生産スケジューリングの真価を発揮するためには気概と不断の努力が求められます。モノづくりとは、本来そういうものではないでしょうか。
変動要因とゆらぎ
現実の世界ではさまざまな変動要因や「ゆらぎ」が不可避なものとして存在するので、生産スケジューラがはじき出した「理論上の納期」をそのまま顧客に伝えるのではなく、安全のためにバッファ時間を加算して回答しましょう。
突発的に発生する変動要因には以下のようなものがあります。発生時に速やかに計画を更新するとともに、「ありうべきこと」としてあらかじめある程度計画に余裕を持たせておくことも必要です。
- 機械の故障
- 作業員の欠勤
- 緊急の飛び込み受注
- 資材入荷の遅れ
- 外注先からの納品の遅れ
一方、確率的に常に発生するゆらぎの要因には以下のようなものがあります。計画段階で時間的なバッファをある程度持たせることによって、これらを織り込んでおく必要があります。
- 気温や湿度による作業時間の変化
- 調達した原料の品質のばらつき
- 不良品の発生
- 人手による不定な作業時間
一般に完成までの工程数が多いほどゆらぎの影響を受けやすく、バッファも余分に必要となります。変動やゆらぎの程度はまちまちなので、工場によっては多くのバッファを必要とするかもしれません。そこで「結局バッファが必要になるのならば、精度の高い計画は要らないじゃないか」という意見もありそうです。しかしこれは、計画自体の精度の低さを補うためのバッファと、変動・ゆらぎを吸収するために論理的に不可欠なバッファを混同するために起こる誤りであり、精度の高い計画立案の意義を損なうものではありません。精度が高いからこそ、バッファを最低限で済ませられるのです。
変動やゆらぎを過度に意識して悲観的になる必要はありません。主に人的要因による変動やゆらぎが極端に多い分野を扱う「プロジェクト管理」では、一連の工程の各段階にある程度大きなバッファ時間を持たせなくては達成可能な計画が成立しませんが、各工程の作業時間を比較的安定して見積もれる製造業において事情は遥かにましです。各工程間のバッファは少なく抑えて、生産スケジューラを利用して総リードタイムが短いタイトな計画を立て、回答納期にある程度の余裕を持たせるといった使い方が通用するからです。当然ながら、どの程度計画をタイトにできるかは工場によって異なります。
製造業でも、ボトルネック工程の前には計画段階で十分なバッファを持たせなくてはならない場合がありますが、これについては次回以降で述べます。また変動・ゆらぎの多い分野(造船、大型装置製造など)での生産スケジューラの活用についても次回以降で。
生産スケジューラ
その処理量の膨大さと複雑さのため、通常は生産スケジューリングを手作業で行うことはありません。「生産スケジューラ(Production scheduler)」と呼ばれるコンピュータソフトウェアを利用します。
ちなみに、近ごろは"APS(Advanced Planning and Scheduling)"という米国製3文字語が出回っているようです。本来の言葉のニュアンスとしては生産計画(Planning)と製造計画(Scheduling)が組み合わさった高度なものを指しており、さらには製造業の遠大な理想とその実現を目指す意思を表す観念たり得るものだと思います。しかし現実には生産スケジューラと呼ばれているものをマーケティング用語として単に言い換えているに過ぎない場合がほとんどであり、理想が 矮小化されてしまっているのが実に残念です(世の中で多々見受けられる現象ですが)。また個人的には、"Advanced"という漠然とした言葉で意図的に煙に巻こうとする感じがどうも好きになれないので、本稿では敢えて「生産スケジューラ」と呼ぶことにします。
また、米国で"APS"というと、MRP計算の結果を基に山崩しをして実行可能解を導出するモジュールを指す場合が多く、はじめから有限能力で計算をする日本の「生産スケジューラ」とは隔たりがあると考えた方が良いでしょう。1990年代には米国でも数多の生産スケジューラのパッケージソフトウェアが販売されていましたが、ほとんどはERPベンダに買収されてしまい、MRPの下位モジュールと位置付けられました。そのため単体製品としての生産スケジューラはあまり出回っていないようです。
一方、日本ではなぜかしらそのような経緯が無かったため、日本の生産スケジューラは独自の進化を続けており、機能的には世界でもトップレベルにあるはずです。それはたぶんおそらくそれは、卓越した日本の製造業のハイレベルなニーズに日々応え続けているからでしょう。
日本製の生産スケジューラは単に自動スケジューリングするだけでなく、人が操作して手修正をするための機能(ユーザーインターフェイス)が充実していることも大きな特徴です。かつて文章を書くための紙とペンからワープロへ移行したのと同様に、日本においては手書きしていたガントチャートをコンピュータで描けるようにし、さらにそれを自動化していったという、実務者由来のボトムアップ的な発想が色濃く表れています。つまり「計画担当者の道具」として発展してきたのです。米国では上位システム(たいていはMRP)で“決めた”計画に一方的に従うトップダウン式であるのに対して、現場レベルでの自律的な改善努力を重視する日本の製造業の文化が端的に反映されており、興味深いところです。
頻繁なリスケジュール
生産スケジューラを利用するメリットの1つが、頻繁に「リスケジュール(再スケジュール)」できるということです。新たな情報を追加・変更して何度でも繰り返し短時間で計画を更新できるのです。
手作業で計画を立案する場合は、情報量・処理量が膨大過ぎて、先に挙げたさまざまな変動要因が発生したときに即座に適切に対応することは到底無理です。たいていは製造現場での対応に任せることになるために計画と現場が一致しなくなり、計画が軽視されるようになります。そうなると計画の価値は失われ、単なる「目安」に成り下がってしまいかねません。回答した納期も裏づけを失い、混沌(こんとん)に逆戻りしてしまうでしょう。
変動に応じてリスケジュールして実行可能な新たな計画を速やかに現場へ提供することで、製造現場と計画担当者の間の信頼に基づく好循環が得られるようになれば、混乱に振り回されることなく本来のモノづくりに専念できる工場を実現できるはずです。
生産スケジューラで何を目指すか
そもそも生産スケジューラを使って目指すものは何なのでしょうか。単に計画担当者の業務を軽減することでしょうか? 確かに余裕ができれば、現場、資材調達、営業などの各部門との間の人的な調整作業など、本来行うべき高度な仕事に専念できるようになりますが、それでも投資対効果は不十分と評価されるかもしれません。実用レベルの生産スケジューラ(パッケージソフト)であれば数百万円はしますし、効果的に運用するためのシステムとして構築するには1000万円を超えるからです。また、データを整備するために要する労力も決して小さいものではないでしょう。
生産スケジューラの直接的な効果は、資材調達から出荷に至るまでのリードタイム(総時間)をできるだけ切り詰めて工場内での滞在時間を短くすることです。リードタイム短縮は多くの製造業にとっては大きな目標であり、特に多品種少量生産の製造業にとっては、重要ではあるが達成困難な「悲願」といっても良いでしょう。
- 無駄な滞留在庫がなくなる
納期に間に合わせるために前倒しで作る必要もなくなるので、資材、仕掛かり品、製品の在庫を減らせます。無駄な資産が減ることでキャッシュフローが大幅に改善されます。 - 顧客の短納期要求に応じられる
業種によってはコアコンピタンスになり得るほど、受注リードタイムの短縮は競合他社と競争する上で重要な要因でしょう。 - 論理的裏づけのある納期回答ができる
生産スケジューラの回答納期はシミュレーションの結果なので、計画に従って作業をすれば納期達成できるのだという確信を持てます。工場内の秩序の確立に寄与するという副次的効用もあります。多くの工場にとって、これも実に価値ある効果とみなされ得るでしょう。 - 視覚化される
ガントチャートを見れば、工場の中で何がどうなっているのかが一目瞭然です。 - 製造現場任せにならない
製造現場での局所的な判断が、全体にとって良いとは限りません。何でもかでも「現場判断」にむやみに頼るのではなく、正しい棲(す)み分けが大切です。 - 整然とした製造現場
前述のように滞留在庫が減るので、各工程前に積み上がっている雑然とした仕掛かり品の山が小さくなります。 - ノウハウの脱属人化
計画担当者のノウハウがモデリングおよびルールとして客観化されます。担当者の配置換え、急病、退職の際にも慌てることもありません。
ノウハウをルール化して詰め込むことで、“コマンド一発”で何度でも速やかに質の高い計画を得られることも、生産スケジューラを使うメリットです。例えば、ボトルネック工程の切り替えを極力減らして最大限に休まず活用する計画を立てることで、工場全体のスループット(=生産量)を向上させることもできます(「TOCスケジューリング」などと呼ばれます)。手作業による計画立案では、変動要因発生時には過剰な仕掛かり在庫や納期遅れなどの代償無しには対応できないでしょう。
当然ですが、これらのことが生産スケジューラを導入するだけで実現するわけではありません。全体システムの適切な構想・実装のみならず、関係者全員の弛まぬ努力も必要です。しかしこれらは少なくとも、生産スケジューラがまさに狙(ねら)っている効果であり、生産スケジューラを利用せずに達成するのは非常に困難でしょう。生産スケジューラの「運用サイクル」が本格的に回り出したとき、そのインパクトに目を見張るに違いありません。
生産スケジューラの「運用サイクル」については、次々回以降であらためて言及します。
◇◇◇
ここまで理屈ばかりを並べてきた感がありますが、それだけではなかなか理解が進まないでしょう。そこで次回は簡単な生産スケジューリングのためのデータを作成して計画を立案するまでの流れを具体的に示すことで、実際の生産スケジューラがどのようなものであるかを感じ取っていただこうと思います。