解説記事

食品メーカにおける需給調整について

株式会社フレクシェ 樋口陽介
『計装』 2012. Vol.55 No.9 掲載記事

1. はじめに

ある食品メーカ(以後,A社と呼ぶ)において「製品需給調整業務 改革プロジェクト」が発足したが,目的を達成することはできなかった。

A社を事例に改革することができなかった要因はどこにあったのか,問題点とその対策,また今後の食品メーカにおける製品の需給調整業務のあるべき姿について考察したい。

2. A社における需給調整業務の流れ

10月の生産数量を決定するプロセス(図1)

  1. 生産会議の開催(製販会議ともいう)
    • 生産部門、営業部門、物流部門が9月20日前後に本社に集合する。
    • 営業部門から9月の販売着地見込み、10月の販売計画の情報が提示される。
    • 9月の月末予定在庫数量を予測し10月の生産数量を製品毎に決定する。
  2. 生産部門が製品毎に生産時期と数量を決定
    • 10月の生産数量を営業日で日割りし日々の出荷予測情報に変換する。
    • 9月月末予定在庫を日々の出荷予測情報でマイナスさせ、安全在庫を下回るタイミングを計り、さらに有限能力である工場の日々の負荷を考慮しながら日々の製品別生産量を決定する。*1
  3. 日々受注によって在庫から製品が出荷される(A社では受注=即出荷)
    • 出荷情報と2において算出した出荷予測との間にズレが生じる。
  4. 生産調整会議の開催(製販調整会議ともいう)*2
    • 見込み生産量と日々の出荷量にズレが生じるため、10月10日前後に生産部門、営業部門、物流部門が本社に集合し生産数量の調整を行う。
    • 10月月末までの生産数量を調整する。
  5. 生産部門において2と同様に製品毎に生産時期と数量を決定する。

*1:この業務にはノウハウが必要となるため計画立案者が属人化する傾向にある。
*2:生産調整会議は見込み数量と出荷量にズレが生じることを前提にした会議体である。A社では「需給調整会議の回数を増やすべきではないか」という意見がことある毎に言われていた。


図1 生産数量決定プロセス

3. 表面化する問題

問題1:営業部門に不信感を持つ生産部門(見込み精度がすべて)

A社では毎月様々な製品において見込み数量と出荷量にズレが生じることから生産部門は需給調整に追われ,その混乱は生産現場にも波及していた。混乱と疲れから「営業が提示する数字がいい加減だからこんな面倒なことになるのだ」と生産部門。生産会議では「本当にこの数字を信じて良いのか?」「売るって言ってもどうせそんなに売れないでしょう」など,不信感を前面に出した発言が飛び交っていた。そのような状況では良い会議ができるわけがない。そんな中,生産部門からある提案がなされた。「IT が進化してるんだから,世の中には精度の高い需要予測ツールがあるだろう。営業部門の数字ではなく需要予測ツールで需要予測した方が精度が高いのではないか」と,藁にもすがりたい心境だったのだろう。A社で需要予測ツールを調査したが,残念ながら業務に利用できるレベルのツールは存在しなかった。「見込み精度が高ければ需給調整はうまくいく」と信じて疑わない人々が多く存在した。

問題2:在庫欠品

A社においてある日突然,誰も注目していなかった製品が在庫欠品となった。欠品した原因はわからぬまま,流通側に欠品情報が流れる。流通側は我こそ先にと対象の欠品製品を掻き集めようと活動する。欠品が解消されるまで嵐のような業務対応となるため,この状況に陥ると欠品を引き起こした要因を速やかに特定することは難しい。

欠品解消後(つまり数日後),調査するとある日を境に日々の出荷量が増大していることが判明する。原因は市場に影響力のあるタレントがテレビで「最近この製品を食べると体の調子が良い」という発言をしたからであった。タレントの発言を予測できるはずがない。

ちなみに時系列的に見ると、

  • 7月15日 タレントの発言(A社の誰も気づかず)
  • 出荷量が増加
  • 対象製品が欠品
  • 増産体制構築
  • 欠品解消
  • A社にてタレント発言が原因であると判明

流通側の過剰反応はメーカに対する受注書(EDI による受注も含め)の量に表れる。受注量が増大すると「本当に必要としている受注」なのか,「過剰反応の受注」なのかの見極めができなくなる,これがさらに混乱を招く。暗中模索の中,営業部門は流通側との調整に奔走し,生産部門は連鎖欠品を起こさぬよう計画を日々見直し,物流部門は少ない在庫をどの配送センターに割り振るかに苦心する。機会損失,間接コストの増大等,メーカにとって在庫欠品は大きな損失を発生させる。

問題3:製品在庫廃棄

食品メーカにおける大きな制約の一つに消費期限がある。流通側が製造日(消費期限)を鮮度として重要視しているため売れない製品は鮮度が落ちれば在庫廃棄するしかない。売れ行き好調な製品は日々生産して日々出荷すれば鮮度は保たれる。売れない製品(ABCランクでいえばC ランク製品)は日々生産することも日々出荷されることも少ない。また見込み量も読みにくい。結果的に製品在庫を廃棄せざるを得ないケースも出てくる。Cランク製品は生産量が少ないため廃棄金額も許容できる範囲かもしれない。深刻な問題は新製品やキャンペーン製品だ。「この新製品は拡販に力を入れる」という社内号令がかかる製品は在庫を大量に持つように計画がなされる。しかしながら「売れなかった」場合,製品廃棄ロス金額は多額となり大損だ。しかもエコでない。

問題4:突発的に要求を出す営業部門

営業部門は需給バランスが崩れてくると(特に見込みよりも出荷が増大している場合)ある製品の増産依頼を突発的に生産部門に持ちかける。生産部門が対応を渋ると営業部門が言う言葉がある。「売れるのだから売っておかないと会社の業績が……」という決め台詞だ。この決め台詞によって生産部門は営業部門に責任転嫁されたと感じ,営業部門は半ば強引に対象製品を生産部門から供給させようとする。そもそもなぜ営業部門は突発的に要求を出すのであろうか……。日々見込み量と出荷量にズレが生じていることに気付かないからであろう。また前述のとおり計画を立案する際,生産部門では工場の負荷や生産ロット,さらに在庫欠品に陥らないタイミング等を多品目間でバランスをとって計画している。しかし営業部門では工場の計画立案業務がいかに難しいかをなかなか理解することができない,そのため無責任な依頼を繰り返すのだろう。

問題5:要求に柔軟に対応できない生産部門

営業部門は「なぜ生産調整の依頼をしてもすぐに回答してくれないのか……,速やかに回答してもらえれば別な対策を打てるのだが」と言う。生産会議後,生産部門では製品別にいつどれくらい生産するかを策定するのに数日間要していた。時間がかかるのは属人化した計画立案者人が「鉛筆なめなめ」しながら計画策定しているためだ。日々需給バランスを調整しなければならない場合でも同じプロセスを必要とするため,営業に即時回答できないのである。

4. 問題への対策

「営業部門に不信感を持つ生産部門(見込み精度がすべて)」について

筆者は見込み数量の精度向上には限界があると思う。需要予測ツールを利用しても期待値以上に見込み数量の精度を向上させることはできないだろう。また営業部門が可能な範囲で努力をしたとしても,見込み量算出には不確定性の高い要因が多数関係するため,毎月100 点満点の見込み量を算出できるとは思えない。生産部門は見込み精度の向上には限界があると考えるべきであろう。見込み数量と出荷量にズレが生じても迅速に対応できる体制を生産部門では考えるべきだ。つまり対策としては「見込み精度に関わらず需給調整できる仕組み」が必要となる。

「在庫欠品」と「在庫廃棄」について

「在庫欠品」の発生原因はタレントの発言以外にも多種多様に存在するが,ここではタレントの発言が対象製品の需要を喚起した例を考えてみたい。A 社は欠品が解消されるまでタレントが発言したことは知らなかったため「突然欠品した」と認識していた。実際は日々の出荷量は増加していた(見込み量と乖離していた)わけであるから,その事実を見逃さなければ「突如欠品した」という認識には陥らなかったはずだ。さらに「需給バランスが崩れた」ことを検知し速やかに需給調整していれば欠品を避けることができたかもしれない。具体的には7 月16 日以降速やかに需給バランスの調整をしていれば……と悔やまれる。

「在庫廃棄」は見込み数量よりも出荷数量が少ない場合に在庫過多となり,最終的に廃棄に至る。見込み数量と日々の出荷量を監視し,需給調整ができれば廃棄量を抑制することも可能だろう。

「在庫欠品」と「在庫廃棄」を未然に防ぐには日々の需給バランスを監視し続け,バランスが崩れている場合には速やかに調整できる仕組みが必要である。しかし現実問題として工場で生産している製品種が多数ある場合(A社の工場では約200 製品),すべての製品の需給動向を監視し続けることは現実的に可能なのであろうか……。そう考えると需給バランスの変化を人に気付かせる仕掛けが必要だ。つまり対策としては「多数の製品の日々の需給バランスを監視し,速やかに調整する仕組みをつくり,且つ需給バランスの変化を人に気付かせる仕掛け」が必要となる。

「突発的に要求を出す営業部門」について

営業部門も工場が有限能力で生産しているということは認識しているだろう。しかしながら工場における計画がいかに難しいかまでは理解していない。そのため決め台詞を発するのである。まず需給バランスを監視する仕組みを営業部門でも活用させるべきではないだろうか。これにより突発的な依頼を減らす効果が生まれる。さらに生産部門と営業部門双方において需給バランスを監視することでダブルチェックとなり,監視体制が強化できる。次に工場の計画がいかに難しいかをもっと深く営業部門に理解させるべきだ。営業部門の依頼によって工場の計画がどのように変化するかを具体的に「この製品にアクセルをかけた結果,ブレーキをかけざるを得ない製品がこれだけ発生する」と可視化して示す。この結果,決め台詞の回数を減らすことができるだろう。つまり対策としては「営業部門での需給バランスの監視および生産計画状況の可視化の仕組み」が必要となる。

「要求に柔軟に対応できない生産部門」について

なぜ生産計画立案業務には時間がかかるのだろうか。まず食品メーカにおける生産計画において考慮しなければならない制約等を考えてみる。

  • 日々の出荷予測量から安全在庫を下回るタイミング
  • 各製品の製造ラインにおける生産能力
  • 各製品の生産ロット
  • 各製品の消費期限
  • 原材料の入荷タイミング

などが考えられる。例えば200製品の計画を考えた場合、知らずしらず膨大な情報を処理していることになる。計画立案者はこの膨大な情報を勘と経験に基づいて対応しているので計画立案業務には相応に時間がかかってしまう。対策としては「工場負荷等の製造上の制約を考慮した計画を素早く計画立案できる仕組み」が必要となる。

5. まとめ

A社において「製品の需給調整業務」を改革できなかった原因は、

  • 見込み数量の精度にこだわっていた
  • 日々の需給バランスを監視し調整するための仕組みがなかった
  • 工場負荷を考慮した自動スケジューリングの仕組みがなかった

であるといえる。A社では「製品の需給調整業務」に対応すべくソフトウェアを自社開発したが取り扱う情報量が膨大であること,人が判断し易い視覚化がうまく表現できなかったこと,負荷等の製造上の制約を考慮した計画を素早く立案できなかったことなどにより改革が進行しなかった。ではこれからの食品メーカの需給調整業務はどうあるべきかを以下にまとめたい。

  1. 生産部門は「見込み精度が低くとも柔軟に需給調整する」という意識を持つこと
  2. 多数の製品の日々の需給バランスを監視し、速やかに調整ができ、且つ需給バランスの変化を人に気付かせられること
  3. 営業部門においても需給バランスを監視し,生産計画状況を把握できること
  4. 工場負荷等の製造上の制約を考慮した計画を素早く計画立案できること

これらの仕組みを構築するには取り扱う情報が膨大であること,日々素早く対応する必要があることからソフトウェアを活用すべきである。他の食品メーカにおいてもA 社と同じような問題を抱えている企業は少なくない。需給調整業務のあるべき姿について一度検討してみてはいかがだろうか。

6. FLEXSCHE d-MPSの登場

2012年6月,弊社は「FLEXSCHE d-MPS」を発売した。

FLEXSCHE d-MPS(図2)は日々の需給バランスを視覚的に監視し,必要に応じて速やかに需給調整することができる。さらに工場の真の生産能力に基づいて計画立案することが可能だ。FLEXSCHE d-MPSの名称は,計画が固定される従来のMPS(Master ProductionSchedule:基準生産計画)とは異なり日々の需要変動を反映させて動的(Dynamic)に計画を更新することを表している。

FLEXSCHE d-MPS が食品メーカの需給調整業務に革新をもたらすに違いない。


図2 FLEXSCHE d-MPSの中心的なウィンドウ

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